吟醸酒の香りと酵母
近年若い造り手も増え、お酒の味はますます進化しているように感じます。酒米の精米歩合も大吟醸のようにお米の芯を使ったお酒から、最近では逆にあまり削らない飯米と同様の90%精米(10%しか削らない)など、その個性も多様化しております。
単に吟醸酒と言ってもその味わいはさまざまで、原料や造り方により香りや味に大きく差があります。今回は吟醸酒の香りを中心に、その違いを若干技術的な面も含めて解説いたします。
【 香り、味の表現】
さてお酒の味はいろいろな表現で語られますが、最近はシンプルに「モダン」や「クラシック」「ノーマル」など、イメージとしてわかりやすく説明されることもあります。ここで言う「モダン」というのが、今回の課題である吟醸酒系と大きく括ることができます。日本酒の味は香りの要素に大きく影響を受けることを認識する必要があります(8割は香りによるものだという方もいらっしゃいます)。たとえば吟醸酒の華やかな香りから、フルーティーやらモダンやらを味として感じるということです。
よく使われる表現として、リンゴやパイナップル、バナナやメロン、マジックインキ、セメダイン、ライチやマスカット、カラメルやドライフルーツ、などなど、まさにワインのテイスティングのような言葉が使われますが、細かい表現は専門家にお任せして、ここでは代表的なものに限定して解説することに致します。
【香り成分】
さて多少専門的になりますが、吟醸酒の香りについて具体的に解説いたします。
若干マニアックですが、「カプ系」「イソ系」という言葉を聞いたことはございますか?これは吟醸酒の香りの質(味の質)を表す際にしばしば使うのですが、「カプ系」とは「カプロン酸エチル」という成分が強いもの、「イソ系」とは「酢酸イソアミル」という成分が強いもの、を言います。
今回はこの代表的な成分と周辺のその他成分に着目したいと思います。これを理解すると吟醸酒の大まかな分類ができるはずで、少しは通になれるかもしれません。
代表的な上記成分はそれぞれ下記のような香りを発します。
☆カプロン酸エチル
フルーツの甘い香り(りんご様の香り(リンゴ、洋ナシ、パイナップル))→温度が高くなると感じにくい
☆酢酸イソアミル
爽やかで青い香り(バナナのような香り)→高い温度で感じやすくなる
その他重要な成分ですが、日本酒の醗酵中に少なからず発生するものなので同時に覚えていただけると良いでしょう
☆イソアミルアルコール マジックインキのような香り
☆酢酸エチル セメダインのような香り
☆フェネチルアルコール バラのような香り
☆4MMP マスカットやライチのような香り
【香り生成のメカニズム】
さて香り成分はどのように生成されるのでしょうか。お米、醗酵温度、酵母、などさまざまな原料成分や造り方が影響しますが、ここでは酵母にターゲットを絞り、代表的な香り2つの成分「カプロン酸エチル」「酢酸イソアミル」について解説致します。
参考までに高知県酒造組合で発行している資料ですが、大変わかりやすいグラフです。横軸が高知酵母の種類、縦軸のオレンジはカプロン酸エチルの量、黄色が酢酸イソアミルの量、です。素晴らしいです!どの酵母で醸しているのかわかれば、お酒の香りもイメージできるというものです。
<カプロン酸エチルの生成>
まずこの物質は、カプロン酸とエタノールが反応して生成されることを認識してください。カプロン酸だと~、いきなり読む気がしない、となりますね。そういう方は単なる人の名前程度に考えていただいて結構です。エタノールはお酒のアルコールですので解説は不要ですね。
カプロン酸 + エタノール → カプロン酸エチル
①
低温で醗酵すると合成されるカプロン酸の割合が多くなる
②
低温で醗酵すると生成されたカプロン酸エチルの揮発が抑えられ、残量が増える
*米の外側の脂質に由来する香りを抑えることにより、主要な香り成分を相対的に高められることも吟醸造りの特徴です
<酢酸イソアミルの生成>
酢酸イソアミル(アミノ酸)は、カプロン酸エチルと違ってかなり複雑です。合成プロセスはアミノの酸が分解される工程および合成される工程から酢酸イソアミルが造られます。
①アミノ酸またはグルコースからケト酸生成
アミノ酸 →(脱アミノ化) → ケト酸
グルコース → プルビン酸 → ケト酸
②ケト酸から酢酸イソアミル生成
ケト酸→(脱炭酸化) 高級アルコール(イソアミルアルコール)→ (アセチルCoAと反応)酢酸イソアミル
こんな複雑なことは化学者じゃないのでわからん、という方がほとんどでしょう。でもこの複雑な反応で生成される様々な成分が香りの基本となることも確かです。アミノ酸はすべての酵母で同じように代謝が起こるので、吟醸造りをしているお酒には、濃度の違いはあれど酢酸イソアミルを感じることができます。酢酸イソアミル生成工程でさまざまな香り成分が生まれるため、下記の通りバナナ、セメダイン、マジックインキの香りを同時に感じやすいことになります。
それではこの酢酸イソアミル生成プロセスで発生するそれぞれの成分が、どのような香りとなるのかご説明しましょう。
(酢酸イソアミル)
バナナのような香りがする成分で、下記のプロセスで生成されます。
イソアミルアルコール + アセチルCoA (AATFaseという酵素が働く)→ 酢酸イソアミル
AATFaseという酵素は少し不安定なため、「低温醗酵」と「阻害物質である不飽和脂肪酸の削減」が必要となります。すなわち精米して脂肪を取り除いた吟醸造りが必要になります。ただし酢酸イソアミルが増加しすぎると加水分解により酢酸エチルの増加原因になることから、高度な醗酵抑制が必要となります。
(イソアミルアルコール(高級アルコール))
マジックインキのようなアルコール感のある香りで、日本酒らしいと感じる香りを下支えする成分です。ただし酸化によってイソバレルアルデヒド等に変化して老香の原因になるので、抑制するためにはAATFase(酵素)により上手く酢酸イソアミルまで誘導する必要があります。
( 酢酸エチル)
セメダインの香りで、日本酒の一般的な香りとも言えます。酢酸エチルはアセチルCoAとエタノールがAATFaseによって結合することにより合成されます。セメダイン臭と形容されますが、実は熟れたバナナやメロンなどにも含まれる成分で、果実香にも影響があると考えられております。
( フェネチルアルコール)
フェニルアラニンというアミノ酸が分解することによって合成されます。気になる香りはバラなどの甘い花のような香りで、化粧品の香料にも使われる成分です。
(4MMP)
日本酒では新しい香りで、マスカットやライチを連想させるような香りです。白ワインブドウのソービニオンブランやクラフトビールで使用されるホップに特徴的な成分でもある。低グルテン米で仕込むと出やすいといわれる成分です。
【香りを生み出す酵母】
それでは好みに合わせた吟醸酒を選ぶにはどうするのか?使用している酵母の種類を知ることが一つの手段です。参考までにお酒のタイプと適した酵母の組み合わせをまとめました。
☆華やかでフルーティーな香り(リンゴ、パイナップル系)が好き
協会1801号、9号、1601号、1701号、CEL系酵母、山形酵母NF-KAなど
→大吟醸酒、純米大吟醸酒
☆穏やかで優しい香り(バナナ、メロン系)が好き
協会9号、7号、10号、14号、花酵母、静岡酵母NEW-5など
→吟醸酒、純米吟醸酒、純米酒
☆落ち着いた香り、米の旨味を感じるタイプが好き
協会7号、6号、蔵つき酵母、秋田純米酵母など
→純米酒、本醸造酒
☆爽やかな酸味、キレのある味わいが好き
協会6号酵母、リンゴ酸高生産性酵母(高知AC-95、協会No.77など)
上記の酵母は一例ですが、年々開発が進んでおり、味の多様性も日進月歩です。とりあえず酵母一覧を作成しましたので、参考にしてください。
(参考)
最後に番外編ですが、味を構成する有機酸について記載しました。
【味の成分である有機酸】
酵母は、アルコール発酵と並行して、様々な種類の有機酸を生成します。これらの有機酸は、日本酒に爽やかさやシャープな印象(キレ)、あるいは柔らかな丸みや奥行きを与える重要な要素です。参考までに生成される有機酸の特徴を記載します。
☆コハク酸
貝類のような独特の旨味と、わずかな苦味や渋味を伴う酸味。日本酒の味わいに複雑さと奥行きを与えます。清酒酵母が比較的多く生成する有機酸の一つです。
☆リンゴ酸
リンゴなどの果実に含まれる爽やかでシャープな酸味。日本酒にフレッシュ感やすっきりとした後味(キレ)を与えます。近年、このリンゴ酸を高生産する酵母(例:高知酵母 AC-95、協会酵母 No.77 など)も開発され、白ワインのような爽快な酸味が特徴の日本酒も登場しています。
☆乳酸
ヨーグルトなどに含まれる、穏やかでまろやかな酸味。日本酒に丸みや柔らかさ、クリーミーなニュアンスを与えます。酵母自身も少量生成しますが、醪の初期段階で重要な役割を果たす「乳酸菌」が主に生成します(生酛(きもと)系や山廃(やまはい)系の酒母では特に重要)。
☆クエン酸
レモンなどに含まれる、非常にシャープで爽快な酸味。一般的な清酒酵母はあまり多く生成しませんが、焼酎などに使われる麹菌(特に白麹菌や黒麹菌)が大量に生成します。一部、クエン酸を生成する特殊な酵母や、焼酎用麹を使った日本酒では、特徴的な強い酸味を感じることがあります。
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